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牛の背に抱かれて

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~ベトナムの田舎で、青年海外協力隊やってます~

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イチローの偉業は数あれど、今年で35歳になる私が、バリバリの小学生であったころから第一線で活躍し続けていたことということが、一番すごいことだと思う。活躍していた、ではない。活躍し続けていた、である。成績はおろか、ケガをしない、メンタルを切らさないことを、20年以上に渡って続けていた。誰だって、短期間ならピークは訪れる。でもそれを3年、5年、10年、20年と続けることの偉大さは、大人にしかわからない。

もうこんな選手は出てこないだろう。と思ったら、大谷が出てきた。でも、青春時代からずっと活躍を目にしてきたスーパースターと、大人になってから出てきた年下のスーパースターでは、思い出の濃密さが違う。

私はイチローが好きだった。彼のすべてに、スタイルというものが感じられたからだ。10歳の私は、彼の振り子打法にそれを感じていたし、17歳の私は、大男たちを圧倒する疾さや巧さに、21歳の私は、数十年前の記録を超えるその姿に、26歳の私は、日本を優勝に導く集中力に、30歳を超えてからは、限られた出番の中でも平然とベストを尽くす姿に
スタイルを感じていた。

松井秀喜もそうだが、スマップ、安室奈美恵といった子どものころのスーパースターが、引退という節目を迎えることが多くなってきた。考えてみれば、イチローが世に出てから、今年で24年目なのだ。私もそれなりに年をとった。イチローを少しでも見習って、ベストを尽くすための日々の準備を心がけたい。
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私はユニークな発想ができる人間で、それを肯定的に評価してくれる人が、たまにいる。他人にとってはなかなか実行できないことが、私は無理せずにできるところがあるからだろう。

そういう人たちは、私が輝いている姿と、自の夢を重ね合せることがあるらしい。私を雇ってなにか成し遂げたいと思う人が、私の周りにはよく現れるのだ。でも、私はいわゆる成功意欲は強くないタイプで、無理して成功しなくてもいいと思っている。大金持ちになって人格が破綻したり、成功を目指して人を蹴落としたり、守るものが多くなりすぎて身動きが取れなくなることのほうが、よほど怖いのだ。

もちろんベトナムという、いまアツい、特殊スキルを持っていることが関係しているのだろう。現場マネージャーとしてそこそこ満足していたところ、「あなたはこんなところで留まる器じゃない」と言われ、社長の描くビジョンに乗せられそうになったが、覚悟が固まらないままに物別れに終わる、といったこともあった。

「成功志向が強くなく、野心がない」のに「ユニークさを発揮したい」という相反する性格を持っているため、安定志向の人からはついていけないと言われ、起業家マインドの強い人からはやる気がないと思われる。どうにも中途半端なのだ。

そういえば学生のとき、テニスのスタイルもトリッキーだとよく言われた。見てて楽しくて、常人にはできないようなショットをするが、常人にできるようなショットができなかったりする。だから結局、2−3回戦は勝てても、それ以上にはいけず、そこそこの結果に終わってしまう。練習しない人には勝てても、しっかりとした努力を重ねてきた正統派実力者に対しては、やっぱり負けてしまうのだ。

この1年くらい、大きな夢を抱く起業家から、一緒にやろうと口説かれることが多い。でも、その期待に答えられるかと思うと、「そこそこ思考」が頭をもたげ、プレッシャーに感じてしまう。でも、そろそろどちらに軸足を置いた人生にするのか、価値観を固めなければならない時期にさしかかっていると感じる。

永遠の厨二病ではないが、永遠のマスターキートン病といえるかもしれない。一見ひ弱だが、芯は強く、弱者に優しい。軍隊やオプの経験、考古学の知識など、それだけで生きていけるスキルも持っている。でもキートンは、どれに決めるわけでもなく、生き方は中途半端だし、本人もやきもきしているように見える。そんなキートンの年齢に、私は追いつこうとしている。キートンに憧れるだけではなく、キートンを超えるような生き方をしていきたい。

「こんなに早く辞めてしまったら、笑い者だよ」
「minamiならできる、がんばれ!」

あるとき、会社を辞めようと思うと告げると、母からこう言われた。

「ああ、私はこういうふうに育てられたんだなあ」
と、妙に感慨深い気持ちになった。

これまで、「私ならできる」「負けて笑われるのは恥ずかしい」というプレッシャーのもと、それに打ち勝つことが人生の目的になっていたように思う。そしてそれは「できない自分は笑い者になり、存在価値がない」という極端な思考につながっていたように思う。

だいたい、20代半ばくらいまでは勝てることが多かったし、それがプライドにもなっていた。でも私は、27歳のときに大きな挫折を経験した。その挫折を乗り越えてやるという決意のもと、30代に入ってベトナム生活を乗り切った。タフにはなったのだろうが、ものごとを勝ち負けで捉える性格は、変わることがなかった。

協力隊から帰ってきてからも、自分が本当にやりたいこと、誰かのために自分が汗をかけることはなんだろうという自問自答の前に、優良企業に涼しい顔して入ってやろうと奮闘し、それを達成できた自分に酔っていた。自らが勝手につくりだした、他人からこう思われたいという自己イメージにこだわっていたのだ。

「人から認められて、安心感を得る」というサイクルは、うまくいっているときはいいが、うまくいかないときに、こんなはずじゃないともがき苦しむことになる。

思えば、負けまいと奮闘していた20代のとき、「勝っても負けても、私はあなたの味方だよ」と当時の彼女に言われたときには、世界観が変わるほどの衝撃を受けた。たとえ負けても、愛してくれると明言してくれる存在に、はじめて出会ったような気がした。

真面目だね、と言われることも多いが、それは目標を達成しなければ生きる価値がない、という強迫観念から出てくるものだから、無理や無謀につながる。目標を達成できないという失敗が、大げさにいえば死刑宣告のように感じてしまうのだから、目標を無理してでも達成しようとして、空回りして苦しんだり、達成したかのように強がることもある。

では、どうすればいいのか。性格診断テストによると、こんなことが書いてあった。

このタイプは、何と言っても目標を達成する能力が抜群です。ビジョンを語り組織を目標に向かわせるリーダーシップも持っているので、ツボににハマれば大きな仕事をやり遂げるエネルギーを生み出すこともできます。成功成功だけにこだわって暴走しないよう、周囲との調和を保つよう注意しましょう。
時には周りをサポートする黒子役に徹してみたり、社会的な成功など外側のことでなく、自分の内面によって自分を満たす道を探ることも有効です。

このタイプの人は、元々才能がある人が多いのに、地味な下積みを嫌がる傾向があるため、その才能を伸ばしきれないことがあります。より大きな成功をつかむには地味な努力も必要だと理解しましょう。


勝っても負けても、世界は優しいということだと、私は解釈した。目標達成能力が高いことは長所とされるけれど、勝ちを追い求める姿勢は、ほどほどでいい。一見、地味でつまらないことでも、丁寧にする。自分のアピールでなく、人のサポートを心がける。そんなふうに、心がけてみたい。
我々は日々、反応しまくって生きている。

上司から叱責されては取り乱し、満員電車で足を踏まれれば腹が立つ。恋人の返信が遅ければ不安になり、自動改札で詰まっている人がいればイライラする。すべての元凶が「反応すること」にある。

その対極にあるのが、お坊さん。彼らはなぜあんなにも泰然自若としているのか。ひとつのヒントとして、彼らは「反応しない」プロフェッショナル。そんな彼らのマインドを生活に取り入れれば、楽になるのではないか。

もちろん、人間である以上、出来事に対してまったく反応しないのは難しい。でも、「ああ、反応している」「やばい、ココロ乱れてるな」と意識するだけでもだいぶ違う。

私はここ数ヶ月、この思考を手に入れてから、だいぶ楽になった。特にベトナムにいるときは、反応しっぱなしだった。ブログを読み返すと、そりゃ疲れるわと思うほど、出来事に反応していた。

反応が怒りとなって表現されるとき、こんな思考パターンをたどる。

①出来事(例:恋人からのメール返信が遅い)

②刺激(例:にもかかわらず、恋人は能天気)

③反応

④判断(例:あいつはひどい奴だ。私のことなんて何も考えていない)

⑤行動(例:何なの!?あなたはひどい人だよ!)

こんなことを繰り返すと、扱いづらい人だと思われてしまうし、何より自分がしんどい。

反応しないことを意識すると、人に愚痴を言う回数も減るし、切り替えも早い。おもしろいもので、他人をみていても「ああ、この人はいま、激しく反応しているな」と感じ取れるようになる。

スポーツ選手でも、反応しない(と心がけている)人は成功しているし、逆に反応してしまう人は持っているポテンシャルを発揮しきれていないように思う。イチローや本田圭佑が前者の典型例だろう。一方、日本シリーズの試合中、守備についているときに泣くなど、反応しまくって感情を露わにすることをいとわないでいた清原和博は、薬物事件は抜きにしても、もっとやれた選手だったように思う。ある意味、サイコパスの真反対ではあるのだけれども。

イチロー「人に会いたくない時間もたくさんありましたね。誰にも会いたくない、しゃべりたくない。僕はこれまで自分の感情をなるべく殺してプレーをしてきたつもりなんですけども、なかなかそれもうまく行かずという、という苦しい時間でしたね」

本田圭佑「サッカーって基本的に上手くいかない時のほうが多いです。その度にムカつくし落ち込むし、でも上手くいく喜びを知ってるから、また明日に向けていい準備をしよう。すぐに切り替えて次の勝利、次の成功に向けて頑張ろうとしてきました」

追い詰められるとキレていた原口元気は反応しなくなってから、明らかに成長した。メンタルの成長といってもピンとこないが、反応しなくなると表現すると、よりわかりやすい。その意味で、ナチュナルな鈍感力を持っている人(松井秀喜がそうだと思う)はともかく、凡人は意識的に鈍感になる訓練をしたほうがいい。
前回の記事で、就職活動の流れと基本的な考えについて書いた。今回は、企業に評価されるスキルや経験はどんなものか、考えてみたい。これまでの15回ほどの面接の経験から、企業に評価される、面接での反応がいいワードがあることがわかってきた。

ポイントは「部下や同僚として働いている姿を想像させる」ことである。

例えば、以下のような受け答えの反応がよかった。

「自己紹介をしてください」
→「ベトナムの農村に住み、ベトナム語で仕事をしてきました」

「現地で出してきた成果は何ですか」
→「組織に頼らず、村人の収入向上、ビジネス支援で結果を出してきました」

「強みは何ですか」
→「泥臭く汗をかき、現地の人とコミュニケーションが取れること。加えて、ビジネスパーソンとも対等に会話ができ、キャッシュという成果のために努力できることです」

・・よく言われているように「現地化」できる日本人を、企業は求めていることがよくわかる。ただ、重要なのはローカルにばかり肩入れし、企業の利益を考えない、組織の論理が理解できない人間は採用されない。その部分を私は、20代の7年間、大企業に入社し1社だけでやりとおしたという実績でカバーしている。要は「日本人ばかりとつるみ、現地に馴染めない駐在員とは違う」「組織の論理とローカライズを両立できる」ことをアピールし、日系企業のビジネスマンとして海外で仕事をしている姿を想像してもらえばいい。

加えて、資格や学歴も重要だ。絶対不可欠とは言わないが、相手からの突っ込みどころをなくすのに、資格や学歴は活用できる。資格とは、いわば「自分が誇れるところ」をさりげなく組み込めるツールであり、一生使えるという点から見てもコスパがいい。私の場合は「立教大学卒」「宅建」「トイック765点」「ベトナム語検定」が主なものだった。履歴書に書かれているこれら資格や学歴を見て、面接官は私についてこのような印象を持つだろう。

「とりあえず、バカではなさそうだ」
「基礎的な英語力はあるみたいだな」
「ベトナム語ができるっていうのも、ウソではないらしい」

・・ここまで来れば「だったら、当社の海外事業部に配属させても問題ないかな」「これからもしっかり勉強してくれよ」という評価が導き出されやすい。トイック765点なんて大したことはないし、強いアピールポイントにはならずとも、不安点を除去できるレベルではあるのだ。余談だが、これは青年海外協力隊の採用においてもよい材料になった。ベトナム語は難しいから、面接官は語学にアレルギーを持つ人を避けたがる傾向にあるが、トイックを持っていれば採用する側の安心感につながる。

海外事業部に行きたいと言っているのにトイックを持っていなかったり、不動産業界での経験があるのに宅建をもっていなかったりすると、相手にとっては「あれ?」という気持ちになってしまう。もちろん思わない人もいるだろうが、特に中途採用では現場(将来の上司)、役員、人事すべてに評価される必要があるので、突っ込みどころは無くしておいた方が無難である。

というわけで、活動中の後輩隊員に言えることは、とりあえずトイック730点くらいは持っておくことと、使いどころがイメージしやすい言語(志望業界にもよるだろうが、スペイン語、ベトナム語、ロシア語、タイ語、アラビア語あたりは強いと思う)を習得することだろう。これまた厳しいことを言うようだが、アフリカの少数民族の言語をマスターしても、企業からは評価されにくい。また適当な英語でお茶を濁したり、せっかく上記の言語が使える地域に派遣されたのにマスターしないのも、もったいない。

いま振り返ってみて、ベトナム、それも英語が通じない農村という任地で、私はラッキーだったと思う。「再就職のしやすさ=企業に働くイメージを持ってもらうこと」で言えば、世界でも有数ではないだろうか。もちろん、語学も活動も真剣に取り組むことが前提になるが。

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お読みいただき、ありがとうございました。次回は「青年海外協力隊に参加するメリット」を、キャリアの面から考えてみます。

プロフィール

minami

Author:minami
青年海外協力隊平成26年度2次隊コミュニティ開発隊員。
ベトナム;ハノイ市ドンラム村に赴任。
東京都渋谷区出身。スクランブル交差点が通学路。
学生時代は学生記者をしていた。
大学卒業後は不動産デベロッパーに勤務。
ドンラム村は、ハノイから約40キロ西に位置する農村。
歴史的な街並みや牧歌的な農村が広がり、ユネスコ太平洋遺産に選ばれている。
村のこと、ベトナムのこと・・いろいろなことを発信していきたい。
趣味は、サッカーとテニス。
特にワールドカップは4大会連続で現地観戦している。
ドンラム村へのアクセスはこちら
minamiへのメールはこちら。何でもお気軽にどうぞ
letteraamoroso@hotmail.com

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